Zsucoah(大きな転倒)- KIYOSATO MUSEUM OF CONTEMPORARY ART. ARCHIVE Ⅰ: EPHEMERA
Sun.05.31.2026
1990年、山梨県北杜市清里に設立された清里現代美術館は、伊藤四兄弟による私設美術館です。
鳳凰山、八ヶ岳山麓と聞けば北杜市の輪郭がフロッタージュされたみたいに浮いてくる感じがしますね。かつては土偶も出たみたいです。
さる八ヶ岳の麓に建てられた清里現代美術館ですが、惜しむらくは2014年に閉館してしまいました。
その閉館から十年の2024年、NPO Telescopeという、旧清里現代美術館に蒐められた資料群を編纂したアーカイブブックを出版するためのプロジェクトを皮切りにした、NPO法人が発足されました。
そんなTelescope設立に先駆けて2023年に出版された KIYOSATO MUSEUM OF CONTEMPORARY ART. ARCHIVE Ⅰ: EPHEMERA(清里現代美術館アーカイブブック出版プロジェクト第一巻「エフェメラ」)を今回MARSで取り扱い始めました。
さてこの「エフェメラ」、私(飯田です。こちらでもよろしくお願いします。)の平衡感覚に従うなら聞き馴染みのない方が殆どと推察されます。
どうぞブラウザ上で「新しいタブ」を開き検索をかける、若しくは「エフェメラ」の文字上を長押しすると表示される「Webを検索」ボタンをタップして御高覧下さい。

おかえりなさい。
はい、私も平易にして美しいグループだと思います。
MARS店内右奥にあるダンボール製の大きなラックのターンテーブルの下に陳列されたアーカイブブックを手に取り、ぱらぱらと一瞥した限りでもヨーゼフ・ボイス、ロバート・ラウシェンバーグ、イヴ・クライン、ジョン・ケージ、トニー・クラッグ、ドナルド・ジャッドに瀧口修造、松澤宥の年賀状が載ってたりして、
「お、うおお…(Thaumazein)。」
となったのがまだ記憶に新しい。ダウマゼインは思索的喫驚と訳し得ましょう。
仲睦まじさたるやな伊藤四兄弟の三男、故信吾氏は中学校教諭をしながら美術品やポスターのコレクションを蒐集し始めたそうです。
対象は徐々にヨーゼフ・ボイスのマルティプルや他作家のエフェメラへと敷衍され、ボイスの没年である1986年、初台にあった自宅で持たれた〈Beuys Room〉という蔵品公開が礎となり、旧清里現代美術館を設立、美術館のディレクターを務めるに至りました。
Telescopeを運営されている廣瀬友子さんは信吾氏の元教え子で、美術館設立から蔵書蔵品を預かり、クラウドファンディングや有志のアーティストを募るなど、プロジェクトはじめ遺されたエフェメラや資料の管理全般をされています。
Telescopeのアーカイブブックプロジェクトでは信吾氏が蒐集の中心に据えていた「エフェメラ」、「ヨーゼフ・ボイス」は「フルクサス」を挟み全三篇で編纂されることとなりました。
ボイスにはじまりボイスに終わる。

出勤時や移動時に音楽を聴くことが人より多くない___期せずして、そしてまたしても、「平衡感覚」が発動する。現時点で判明しているその発動条件のひとつは「みんなのことを考える」、である。___にも拘らず、音楽サブスクリプションの課金年数と今までに作ってきたプレイリストの数だけ一端(いっぱし)のユーザーであるという真実に対しての不慣れから、かつて追加した曲やプレイリストを消したりアイコン画像やプレイリストのタイトルを変更したりを、「純化」と銘打って施行する時間が音楽の鑑賞時間に勝っている。
結果として、その営みによってあれよあれよと移動中に音楽を聴く羽目になったり、編集していたプレイリストの曲が増えることになっても厭いはしない。
以下のテーマを自身の胸に据えて置いてある限り、この一連の営みが純化の枠からはみだすことはあり得ないからだ。
「昨日より今日、今日よりも明日!」
「大きな物語か〜い(Zsucoah)」
さる驚異の時代の驚異の蒐集室、ヴンダーカンマー(Wunderkammer/Kunstkammer)は今日のミュージアムの礎とされた功績も虚しく、「いってみればそれらは自らが世界の中心を占めているという幻想を守るための、西欧人士たちの最後の悪あがきだった(…)」(※1)として一蹴された。
断章した限りではパッとしないと言わざるを得ない他方で、一旦は無理もないように思える評定だ。
ヨーロッパに漂着した珍花奇葉に珍獣奇鳥、民生日用品に至るまでのいっさいがっさいと部屋の主人は、都度新しく出会っては有限な自室に持ち込むことを繰り返す。あとで見つかった部屋の数は千余室にのぼるという。
「新たな物品のある新たな部屋へ」このように理解可能な一連の営み、そしてこの部屋に遺された最後の余念は、その部屋において目に見える更新が見られなくなった時、部屋はしきりに出入り可能となり、優れているとか劣っているとか、そういう評定の余地を起こすことだろう。
その時はじめて部屋は1/1000の「蒐集室」となり、風化した主人の意思は恣意的な物語へと回収され始める。
しかし、私たちはこういう摂理を既にどこかで了解しているような気がしてならない。
ある予定された期日に背を向けるようにプレイリストを作り、蓋然的な明日を向いて床に就く。
朝を迎えることができたとして、開きっぱなしのプレイリストの内容に愕然とし、末尾の曲を1、2曲削除する。
純化にせよ鈍化にせよ、それが正当な更新であることは確かであり、その間は「余地」とは無縁にしておける。そのような気遣いが忙しく、自分でできないような時は、一旦はポルターガイストにでも頼っておけば良いものである。Sorgeです。
(※1)桑木野幸司『記憶術全史 ムネモシュネの饗宴』
見事なまでに引き継がれた信吾氏のゾルゲはその次のフェーズとして「エフェメラ」、「フルクサス」、「ボイス」の全三篇にわたるアーカイブブックの刊行を迎えました。
フルクサスはジョージ・マチューナスという建築家を筆頭にした前衛芸術運動、集団を指し、ボイスはじめオノ・ヨーコ、ナムジュン・パイク、靉嘔やジョナス・メカス、テリー・ライリーらが参加したことで知られています。
Telescope(望遠鏡)は、遠く離れた(Tele)ものを近くに引き寄せたかのように観察するための物。
Telescope公式ウェブサイトの商品ページにはこう書かれています。
清里現代美術館のエフェメラを手にとって見ているような感覚、コレクションを自分で共有しているような感覚を体感できる貴重な1冊である。
全三編のアーカイブブックの刊行は決まりきった「更新」であるはずがないこともまた、私たちはどこか了解しています。
早くも第二巻「フルクサス」が刊行されたそうですが、是非第一巻「エフェメラ」を今手にとっていただき、清里美術館の、Telescopeの物語を追体験しましょう。
私たちが 手にとって見ているような感覚、コレクションを自分で共有しているような感覚 になることが持つ意味は、それが遺された資料、エフェメラに対してのポルターガイスト以上のゾルゲであることの他にはないのですから。
MUSEUM OF CONTEMPORARY ART.ARCHIVE Ⅰ: EPHEMERA
¥9,350- (Tax included)
※MarsではTelescopeから取り寄せたエフェメラ実物も数点用意、販売しています。
実際に手に取ってご覧になりたい方は私たちまで!
飯田 匠
